VILUE=詞人の生液=VOLUME:小説:novels
2013-08-20T20:00:46+09:00
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だ~いぶ前のグルメネタやらを、 当時の気分になって、ゆるゆると UPしている時差たっぷり 不定期更新ブログです。
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不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の六
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2005-10-20T02:17:00+09:00
2013-08-20T20:00:46+09:00
2005-10-20T02:14:22+09:00
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小説:novels
=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の六
一睡もしてないのに、朝から林家パー子級の異常なハイテンションを保ったまま、ユキは恵比寿にある専門学校へと高円寺のアパートを後にした。
ユキを見送った数分後、刺激的すぎる東京生活の幕開けに、軽い痙攣を起こした脳と、旅の疲れを癒すべく、僕は一気に深い睡魔に襲われた。どんな場所でもどんな時でも、三秒で寝る事のできるのび太顔負けのエビは、僕に連られる様に二度寝をし、合計17時間の睡眠の末に見事にバイトに遅刻した。
チャイムなど気の利いた便利グッズの付いてない、ボロアパートの古びたドアを、けたたましく叩くノック音と威勢の良い甲高い呼び声に、僕は目を覚ました。
ドンドンドンドン
ドンドンドンドン
『島津さ〜ん!島津啓介さ〜ん!お荷物で〜す!島津さ〜ん!』
ドンドンドンドン
時計に目をやると、昼の2時を回っていた。今朝、11時からバイトだと言っていたエビは、遅刻の常習犯なのだろう。少しでも長く寝れる様にと、寝床に着く前から、パジャマでは無くバイト先のコックコートに着替えて、未だ夢の中を遊泳中だ。寝汗たっぷりのその格好で調理してると思うと、その不衛生さに些か客が可哀想になった。
枕元にはメットが置いてある。多分、起きたら直ぐさま飛び出し、原チャリに跨がってバイト先に向かうのだろう。
ブロディばりのキングコングニードロップで強引に睡眠地獄から解いてあげた僕は、博士と助手の爆発コントの様にボッサボッサに乱れた髪を直しながら、玄関に向かった。エビは小さな呻き声を出してもがいていたが、まだ確実に半分眠っていた。
『ハ〜イ〜』
対象的に覇気の無い声でけだるくドアを開けた先に、真っ白な歯が際立つ程、仕事焼けした黒光り青年が立っていた。
大小二つずつの段ボールと、布団が一組。昨夜の雨空とは一転した、真夏日和の暑さから滲み出る彼の汗が、微かに段ボールの角を湿らせていた。
僕は伝票にサインをして、自分より遥かに年上であろうチョコボール君に、冷蔵庫でキンキンに冷えたコーラを差し出した。
『兄ちゃん、ご苦労さん!ま、コレでもグイッと飲んでいきや。』
生意気な口調のクソガキに一瞬だけ表情が険しくなった気がしたが、色んな客の対応に長けてるのであろう、爽やかな笑顔を作り直し、軽やかに喉元に滑らせた。
『あ、お気を使わせてスイマセ〜ン。もう、喉カラッカラで!じゃ遠慮無く!』
ゴクッゴクッゴクッ。プハッー、ゲフッ。
僕はその飲みっぷりの良さに思わず見とれてしまった。
『兄ちゃんっ!』
『はいっ?』
『兄ちゃん、ひょっとして俳優の卵か?』
『はっ?』
『いや、あんまりにもコマーシャルみたいにゴクゴク旨そうに飲むからな、実は俳優を夢見て、今は小さな劇団員やってるんやけど、そんだけじゃ食えんもんやから、運送屋でもやりゆ〜んかと思たんや。』
『はっ?』
『だからな、コマーシャル出てる俳優さんみたいに旨そうに飲むにゃ〜って思うて。こりゃ兄ちゃんにコカコーラからオハーでも来てて、【美味しそうにコーラを飲もうオーディション】の練習中や無いろ〜かと。』
『ハァ〜・・・・・オハー?・・・・・・・あっ、オファーね。アハハハハ、お客さん面白い事、言いますね〜。』
『何が?』
『へ?』
『いや、今、お客さんがコマーシャルみたいとか、オハーとかって!ホントに喉渇いてただけですよ〜。』
『アンッ!?兄ちゃん、今、気持〜ち俺の事バカにしたやろ?今のがおもろかったがか?ふ〜ん、東京はこんなんでおもろいんや。運送屋の兄ちゃんに笑い勉強になるとはな、ありがとう!』
『え?あー、こちらこそ御馳走様でした。じゃ、次も有りますんで。これで』
チョコボール君、これ以上、ヤンチャなお上りさんに付き合ってるのも、疲れて来た様である。この田舎者丸だしのクソガキ、タチの悪さも堂に入っている。長居は無用だと本能が感じたのだろう。缶底を天に向けて垂直に立て、喉仏を大きく震わせて、最後の一滴まで飲み干してから、この塲を足早に立ち去ろうとした。
『おい、兄ちゃん!待ち〜や!』
僕は右手を前に差し出した。
『何か忘れてないか?』
『え?あー、ゴミぐらい自分で捨てますよ。お気使い無く。』
『おい、兄ちゃん、アンタは仕事と劇団の往復で脳が病んでるんかい!』
『え?』
『ジュース代や!ジュース代!』
『え、えっ?』
『誰がタダって言うた?俺は当店のお勧めドリンクは如何ですかって意味で渡しただけやぞ!』
チョコボール君、やっと事態が読みこめた様である。
『お客さ〜ん、悪い冗談止めて下さいよ〜。これじゃあ、まるでカツアゲじゃないですか〜。』
言葉使いは丁寧だが、タチの悪い嫌がらせに、明らかにムカついてるのは、眉の吊り上がり具合で分かった。
『ちゃうよ、兄ちゃん、俺はマスターで、兄ちゃんがお客さんや。それとなカツアゲじゃ無くて、無銭飲食を咎めてる商売熱心な若店主なだけや。さぁ、早よう出し!』
『え?キミ、本気で言ってるの?』
急にタメグチになった。
『別に嫌やったらええよ。その代わり兄ちゃんの会社には、無い事無い事、報告させて貰うけどな。オタクの従業員には、配達中の家の冷蔵庫から勝手にジュースをタダ飲みしなさいと教育してるんですか?ってな。兄ちゃんの名前もその名札で既にチェック済みやしな。どっちが得か大人やったら解るやろな〜。』
嫌味たっぷりにほくそ笑む僕に、チョコボール君は観念したかの様に、後ろポケットの財布に手を伸ばした。
『分かったよ。ホラ!』
ぶっきらぼうに言い放ったチョコボール君の右の手の平で、百円玉が一枚光っていた。
自販機で自分で買ったと思えば良いだけだ。たったの百円じゃないか。それでこのクソガキともおさらばできる。そう、自分を納得させたのだろう。
ただ相手が悪かった。
『何やコレ?兄ちゃん、足りんで〜!』
『えっ?』
予想外の答えに彼は絶句した。
『あのな、兄ちゃん、ウチは喫茶店なが!そりゃ自販機よりは高いに気まっちゅうやん。今日日、喫茶店で百円でコーラ飲めるトコなんかないやろ』
呆れ顔のチョコボールが今にも溶け出しそうだ。
『え?こんなアパートの一室で喫茶店?』
『そう、今日からオープンしたアパート喫茶EBIや!何かFBIみたいで恰好宜しいやろ。ドアの前にもちゃんと書いてるやろ。』
『これって、ただの表札・・・』
『失礼やな〜看板や、看板!』
『めちゃくちゃじゃんコイツ・・・』
呟く様にチョコボール君は言った。
『は?何て?何か言うた〜?』
その時だ。大人をおちょくる僕の背中越しから、大きな喚き声が聞こえた。
『アァッ〜またや〜!』
当店のマスコットボーイが、やっとお目覚めの様だ。
メットを片手にコックコート姿のエビが血相変えて飛び出して来た。
まだ正確に思考回路が回ってないであろう、エビに向かって、僕は玄関横の冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、エビに渡した。
『お、出前か!行ってらっしゃ〜い!』
『お、おう!』
何も分かって無いエビは、とりあえず返事をして、原チャリに飛び乗り青梅街道へと消えて行った。
あんぐりしてるチョコボール君を完全に無視して。
流石、長年連れ添ったパートナーだ。寝ボケてても役所はキチンと押さえてるのである。
『な、言うたやろ、アパート喫茶やって。アレ、ウチのコック兼出前係や。』
『ホ、ホントなの〜!?』
『だ・か・ら、ホンマやて。今、コーヒー出前に行ったん見たやろ!第一、普通のアパートの一室にあんな格好した奴おる方がオカシイやんか。』
腑に落ちない点や、突っ込みどころはいっぱいあるのだろうが、もうそんな気力も無いのだろう。根負けしたチョコボール君は五百円玉を渡して、首を傾げながら喫茶EBIを後にした。
『領収書は要りませんか〜!!』
チョコボール君は見事に無視をしてくれた。
『15分で五百円か、まあまあやな。』
田舎に居た頃から、セールスマン相手に散々行なってきた悪徳商売の腕に、更に磨きがかかり、大都会でも通用した事に僕は至福の笑みを浮かべながら、まずは小さな段ボールから荷を解く事にした。]]>
不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の伍
http://vilue.exblog.jp/2369438/
2005-07-26T23:44:00+09:00
2009-09-28T21:58:47+09:00
2005-07-26T23:42:23+09:00
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小説:novels
=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の伍
大都会の朝は生ゴミの臭いがした。
無理矢理付き合わされた感は否めないが、朝まで語り明かしてる内に、すっかり仲良くなった少女の事を僕はいつしかユキちゃんと呼び、明け方になる頃にはユキと親しみを込めて呼び捨てにしていた。
未だ魘されながら寝ているエビを置いて、朝飯を調達しにコンビニに向かっている僕等に、黄白色の太陽が緩やかに照り付けていた。
元々、見馴れた顔である。違和感はあるが、嫌悪感など微塵も無い。つい先日、関係を持った女と良く似た顔に、いくら親友の彼女とは言え、下心も当然湧いてくる。若干17歳の下半身は、全方位に発射準備完了なのだ。チエよりはツーサイズは上であろう豊かな胸の谷間をチラ見しながら、僕は彼女の色んな事を知った。僕等より二つ年上の19歳である事。映画関係の仕事に就きたくて、そっち方面の専門学校に通っている事。出会った瞬間からエビに毎日の様に口説かれ続けた事。一つ隣の駅の阿佐ヶ谷と言う街で一人暮らしをしている事。実家は横浜で酒屋を営んでいる事。妹が一人いるという事。今のバイトはもうすぐ辞めようと思っている事。最近、エビのわがままぶりにはいい加減、愛想が尽きて来た事。けれど年下男の可愛さと純粋さは、かなり自分にとってツボだという事。
『あ〜あ、あたしモックンじゃ無くて、ケエタンと先に出会いたかったな〜。』
突然、ユキは驚く事を言った。いつの間にか、ケエタンと呼び名が変わってる事ではない。彼女のお気に入りのジャンクフードが見付からずに、2件目のコンビニに向かって環七沿いを歩いてる時だった。
『えっ?』
僕は早朝から行き交う大型トラックのエンジン音に消されぬ様に聞き返した。
『だってぇケエタンの方がタイプなんだも〜ん。話してても面白いし~、服のセンスもあたし好みだし~。ケエタンはユキの事、どう思う~?』
ははぁ〜ん。コイツもかなりの小悪魔だな?さては生き別れたチエのお姉ちゃんか?顔が似てると、兄弟作りのDNAまで同じなのか?僕は昨夜からの会話の中で薄々気付いてはいたのだが、ユキの尻の軽さを確信した。エビには悪いが、巧く誘わなくても簡単にヤラせてくれそうな匂いが、そのぷっくりとした吸い心地の良さそうな唇から、真っ白で適度にダブついた二の腕、推定Eカップ以上の張りの有る胸元、思わずベアハッグしたくなる様な細く華奢な括れ、生意気そうにこれでもかこれでもかと言う位揺れるケツ、庇の中から時折姿を見せる恥かしがり屋の太腿まで、全身に漂っているのである。し・か・し、僕もそんな淫靡な罠に易々と囚われる程、愚かな猿ではない。僕はこれからの東京生活、エビの家に居候するのである。そして、彼の母方の祖母が経営する喫茶店でバイトする事にもなっている。エビは勿論、ユキともバイト仲間になるのである。確かに、隣の芝生は良く見えるとは上手く言ったモノで、友達の彼女程の禁断の果実は無い。今までにも、何回も何回も人の彼女を横取りしては食って来た泥棒育成所中退の僕であるが、今回ばかりは話が違う。エビは、親友であり喧嘩相手でもあるが、昨日の時点から僕の大家さんでもあるのだ。大家を怒らす事だけは絶対に避けねばならない。いくら殴ったり蹴っ飛ばしたり、心をグリグリ抉って笑い飛ばしたり、飲みかけのコーヒーにコッソリと味の素をブレンドしてあげても、なかなか壊れなかった腐れ縁ではあるが、再会してから24時間以内に、偶然に出逢った最愛のチエの分身を寝取られたとあっては、エビとて黙っていないだろう。それに、電話で話した二人の中での大切な計画だってある。何の為に上京して来たのか、二日目から棒に振る事は断じて出来ないのだ。
万が一、そうなって、ユキんちにでも転がり込んだとしよう。尻の軽いお姉様の事だ。新しい獲物が見つかったら、僕だってすぐにお払い箱だろう。折角、東京に来たのだ。民放が2局しか無い田舎と違って、見たいテレビ番組も沢山ある。宿無しだけにはなりたくないのだ。
色々とあれこれシュミレートして、そんな手に掛かるものか!このエロ女め!と決心した時には、いつの間にやらコンビニ横の人気の全く無いコインランドリーで、チャックを下ろされ、既に甘いブロージョブの洗礼を受けてる最中だった。17歳の健全な理性と友への罪悪感は、年上の少女が引っ張る右腕の淫らなお誘いに、昨夜から見せ付けられた艶やかな胸の谷間に、あっさりと白旗を揚げていた。あまり長いとエビがそろそろ起きるからと心配したのか、ただ単にこの場所ではそれ以上の事は無理だと悟っただけなのかは定かでは無いが、何故だかそれから先は、お互いに求めようとはしなかった。ユキには、なんら御返しらしい事をしていないのだが、彼女は充分満足そうだった。
コンビニの駐車場で、粘り気の取れない口の中をコーラでうがいをしてから、ユキは力強く親指を立てて言った。
『ウェルカムトゥーザトーキョーシティ!』
僕は笑った。ユキも笑った。ちょっとコイツ、カッコイイなと思った。今迄には会った事の無いセンスの良い尻軽女だった。
『ケエタンの、ケチャップの味がしたよ。』
三人分のサンドイッチとヨーグルト、彼女お気に入りの亀の子煎餅を買って帰る歩道橋の上で、ユキはボソッと言った。僕は笑い転げながら、コイツとだけは、これからどんなに深い関係になろうが、どんなに好きになろうが、絶対に惚れては成らぬと、ただ者では無いその後ろ姿に誓うのだった。
『続きは今度ね!』
アパートの階段を昇りながら、ユキは魔女の様に笑い、囁いた。僕は、まだ生暖かい股間に深呼吸をさせてからドアを開いた。エビは既に起きていた。
『なんやお前ら、ドコ行っちょった。起きたら二人しておらんき、心配したじゃか。』
何も知らないエビが、不機嫌そうに二人を見つめた。ユキは何事も無かった様にエビに抱き付き、コンビニ袋を差し出した。
『モックンの好きなダブルミックスサンドと苺のヨーグルトだよ〜。』
ユキの甘い抱擁を受けながら、エビが僕を一瞬睨んだ気がしたのには気付かない振りをした。コーヒーを入れる為にお湯を沸かしに台所に立ったエビが、流しに残った赤く色付いた洗い物を見て、僕に尋ねた。
『あっはは!ケエスケ〜、早速オムライス食わされたがかぁ〜?』
良かった、何も疑われて無い様だ。
『おぅ、三回もお代わりさせられたがぞっ!』
『ユキ、これしか作れんがやき。オマエ料理、得意じゃか。なんか教えちゃってくれや。』
『何々、君達は。失礼だなぁ!お代わりさせられただの、これしか作れないだの〜もうっ!チキンライスとオムレツだって作れるもんね〜。』
敢えて二人で無視してやった。
『悪かったにゃ〜。夕べはさっさと寝てもうて。なんか知らんが急に気分悪くなってよ。コイツの相手、大変やったろぅ?』
いやいや悪かったのは、こっちである。こちらこそ相手をさせて貰って恐縮してるのである。黒焦げたヤカンがタイミング良く鳴り響き、僕は早く飯を食おうと、誤魔化す様に急かした。ユキはエビの前では、ケイスケ君と呼び方をしっかり戻していた。
食べ盛りの僕等には、ちょっと少なめの朝飯だった。田舎にいた頃は、夜明け前に"マルコウストアー"の裏口前に山積みにされた菓子パンや調理パンを、主が来る前にケースごとかっさらっていた僕等である。朝飯用の胃袋はやや大きめに出来ている。ちょっと物足りそうな僕等に気付いた、変わり身の早いユキが、冷蔵庫を覗きに行った。
『まだ、卵とぉ残りのチキンライス冷凍したのあるけどぉ、"何か"作ろうか〜ぁ?』
二人が同時に突っ込むのを見越したかの様にユキまで一緒になって叫んだ。
『いら〜んっ!!』
『あっ、あっ、おいも〜っ!』
『おいもっ!おいもっ〜!』
間髪入れずにまた叫び、勝ち誇った様に無邪気にはしゃぐ姿を見ていたら、昨日エビが電車の中で言った言葉もあながち強がりだけじゃ無いんだなぁと思う程、ユキは眩しい位に可愛かった。
きっと鈍感なエビはまだ気付いてないんだろう。ユキには、ちょっと厄介なもう一つの人格がある事を。]]>
不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の四
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2005-07-23T14:06:45+09:00
2005-10-22T01:52:28+09:00
2005-07-23T14:04:34+09:00
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小説:novels
=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の四
赤紫色に肌を染めた六月の空で、太陽と月の勤務交代が行われてた頃、その聞き覚えのある声は、アルタ前の人込みの中から聞こえた。
『ケエスケ〜!』
『ケエスケ〜!お〜い!こっち〜こっち〜』
僕は何度も辺りを見回した。聞き覚えのある声だけが段々近づいて来ているのは分かった。振り向くと、売れない漫才師の様なオレンジ色のスーツに蛍光グリーンのネクタイを絞めた男がニヤニヤしながら真正面に立っていた。
『悪い悪い!コイツの支度が遅れてよ〜』
漫才師の後ろから、照れ臭そうに舌を出した少女がいる。
『あっ、黒木っ・・・』
僕は慌てて、言葉を飲み込んだ。
『チエ・・・?』
いや、そんな訳は無い。チエはあれから、ホイニと付き合い始め、そして別れ、次にヤマッチ、コースケ、と二ヶ月おきに仲間内を渡り歩く、兄弟作りの名人として日々爆進中である。かく言う僕も、先日、餞別代わりにと、その恩赦を受けて、じっくりと脇の奥まで観察して来たばかりである。
『ユキで〜す!はじめまして〜。いつも、モックンから話は聞いてま〜す。』
チエの汚い土佐弁とは比べ物にならない程、流暢な標準語でチエそっくりの少女は挨拶をしてきた。しかし、そんな事より凄〜く気になる事がある。モックンなんて漫才師、見た事も聞いた事も無いし、第一、そんな知り合い持った覚えが無いのである。
『モックン・・・誰?それ?』
僕は思わず突っ込んだ。
『やめや〜っ、コイツの前でソレで呼ぶなって言うたろ〜がっ〜』
少女とは、比べ物にならない程のド汚い土佐弁で話す漫才師が少女を小突く。
『痛い〜!もうっ、モックンすぐ叩くんだから〜。』
『えっ!エビ・・・?』
少女の甘〜い反論と同時に僕は呟いた。推定10Kgは太ったであろう真ん丸なお顔と、取って付けた様な似合わない口髭に僕は本気で、それがエビだと気付いていなかった。
『オイ、モックンとやら。何だいその髭は?それにその凄いセンスのスーツは。都会じゃこんなのが流行ってるのかい?』
僕は、十ヶ月ぶりの再開の感慨に浸る間も無く、皮肉たっぷりにぎこちない標準語で突っ込んだ。
『ケエスケまで言うなやっ!田舎モンには解らんろーにゃ。こういうセンスは。』
いやいや、解りたくない。それが都会人と言うのなら、僕は今日着いたばかりの、この街を今すぐ引き返す。いや、時代ごと引き返し、縄文時代からやり直す。それほどダサい。
エビ君、昔からファッションセンスが近未来的すぎて、なかなか時代が追い付いてくれない。流行の方がエビの異次元センスを見て見ぬ振りをして飛び抜かして行くのである。個性的にも限度があるのだ。
『ほらね。だから言ったじゃない。そのスーツ絶対オカシイって。私も一緒に歩くの恥ずかしいモン。』
予期せぬ味方からの追い撃ちに落城寸前のエビである。
『あのね、ケイスケ君。モックンはモトヒロだからモックンなんだよ。こっちではミンナこう呼んでるの。でねモックンたら、久しぶりのケイスケ君との再開に都会に染まった新しい俺をアピールするって意気込んじゃって〜。ケイスケ君をびっくりさせたくてね、髭も、急に一週間前から伸ばし始めたんだよ〜。』
人見知りと言う言葉を知らない少女が馴れ馴れしく僕の名を正しい発音で呼び、総てを説明してくれた。
『何でオマエは、何でもかんでも、いらん事まで喋ってしまうがな!』
エビは頭を抱えた後、また少女を小突き、恥ずかしいのか、ぶっきらぼうに、僕の両手いっぱいの荷物を半分奪って、長旅で疲れた左手を楽にしてくれた。
『まぁ、無事に着いて何よりや。話しは後でゆっくりできる。とりあえずウチ行こか。』
足早に駅方面に歩き出したエビは、土産袋以外の荷物を少女に強引に持たせ、歩きながらその中身を物色し始めた。
何にも変わってない。その図々しさに僕はちょっと安心したが、同時にその非常識さに、後ろから全速力で飛び蹴りを浴びせていた。
『痛いにゃ〜!何なや〜。いきなり〜!』
『アホか!オマエに上げる土産なんか無いわ。勝手に触んな!ボケッ!』
『えっ、程良い甘さの"野根まんじゅうは?家族のおやつ"キャラメルパン"は?』
『オマエのオカア用とか、これから世話になる人には買うてある。けどオマエには何ちゃあ無い。』
飛び蹴りのお返しか、土産の無い悔しさか、世話になる人リストに入っていなかった虚しさか、子供みたいに単純なエビが、ムキになって蹴り返して来た。おもいっきり脇腹に入ったミドルキックが、都会人を気取ってクールに振るまいたい僕の血を簡単に熱くさせた。
通産戦績34勝34敗7引き分け2無効試合の因縁の戦いが、人でごった返す新宿東口駅前広場で始まろうとした。東京での初戦には持ってこいの場所だ。
臨戦体制の二人に、屈託の無い笑顔で少女が言った。
『会ってすぐケンカとは、ホントに仲が良いんだねぇ。キミタチは?ユキ、妬いちゃうな〜。』
急に照れ臭くなった僕等は、ドンピシャのタイミングで
『冗談やがなぁ〜。こんなん挨拶や、アイサツ。いつもの事や。』
と一字一句ハモりながら、弁明した。
顔を見合わせた僕等は間髪入れずに叫んだ。
『あ〜っ!おいもっ!』
今度は笑いながら、俺が先だ、い〜や俺だと、先程迄の険悪ムードなどすっかり忘れて小競り合いする二人に、少女は不思議そうに訪ねた。
『な〜に?おいもって?』
二人はまた同時に言った。
『はぁ〜?おいもは、おいもやんか。おいもも知らんがか?都会のネエちゃんは。』
脳みそが蒸し芋みたいな説明下手のエビに代わり、僕が優しく少女に教えてあげた。少女はすぐに理解できたらしかったが、一人狂った様に笑い転げていた。
『なんや、なにがそんなに可笑しい?』
エビの言葉に、顔面が痙攣したまま少女は答えた。
『だってそれ、ハッピーアイスクリームの事でしょ?おっ、お、おいもって!アハハハハハ!田舎臭ぇ〜っ!おいも!アハハハハハ!おいも!アハハハハハ!』
ハッピーアイスクリーム??
少女の明らかに田舎モンを見下した笑いに多少の苛つきはあったモノの、始めて聞くそのB級アイドルソングの様なフレーズに、頭の中でメリーゴーランドが回り出した二人に、今度は涙まで流し悶え苦しんでた少女が、落ち着きを取り戻しながら優しく説明してくれた。
『と、言う事!二人共、分かった〜?こっちでは、そーやって言うんだよ〜。』
エビのアパートがある高円寺に向かう中央線の中でも、少女は針の飛んだ傷んだレコードの様にずっ〜と、"おいも" "おいも"と繰り返し呟いては笑っていた。
そんな日野日出志の漫画に出て来そうなくらい壊れてしまった少女には聞こえ無い様に、僕はそーっとエビに聞いてみた。
『なぁあの娘、チエに・・・』
全部を聞く迄も無くエビは答えた。
『似〜ちゅうろ〜。俺も最初びっくりしたもん。同じバイト先の娘でよ。ケエスケにもびっくりさせよ〜と思って電話では黙っちょった。けど、ユキにはチエの事は内緒ぞ!別にチエの代りに付き合いゆう訳や無いしよ。』
ニヤケながらも、最後だけはマジ顔で内緒話を締めたエビに、この恋の本気度と健気な強がりを感じた僕は、そうかチエの事はもう吹っ切れたのかと強引に思い、お返しに現在のチエの内緒話をこれでもかとしてあげた。何故か、段々と無口になっていったエビは、高円寺の駅に着いた頃には意識朦朧、家に着いた時には仮死状態になり、生気を完全に失ったかの様に、二人を放ったらかし早々と寝込んでしまった。少女もエビの自分勝手な行動には慣れてるのか、大した心配もせずに、僕の為にかなり濃い目のオムライスを作ってくれた。親友のヘコむ姿は最高に面白い。ミドルキックの恨みをまだ忘れて無かった、根に持ちやす〜いタイプの僕は、効果的な反撃に満足感を感じていたが、必然的に話す相手の居なくなった無邪気なお喋り少女ユキの子守役となり、旅の疲れを癒す間も無く、エビの高知時代の話を根掘り葉掘り聞かれ、エビへの愚痴や東京生活のレクチャーなど、オムライスを3回もおかわりさせられたケチャップまみれの胃袋を摩りながら、灰色の夜が明けるまで延々と付き合わされるのだった。]]>
不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の参
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2005-07-19T10:13:00+09:00
2006-05-30T16:30:38+09:00
2005-07-19T10:11:05+09:00
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=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の参
いつもの様に、第二春山荘203号室は、学校をサボったお猿さん達が果てしない銀河の旅を楽しんでいた。
昨夜、隣町の塗装屋の倉庫から失敬した、136とプリントされた品番がラベリングされてる事からイサムと呼ばれる、純トロに続く人気ブランドの一斗缶を土産に僕も後から合流する筈だった。
その日のお猿のシャトル乗組員は、エビ、ホイニ、ヤマッチ、コースケ、名前が分かるのは、それ位で、後は友達の友達は皆友達かどうかは知らないが、誰かが連れて来たお猿さん達もいた。
その中に明らかに頭の悪そうな眉無しパンチパーマ、新顔の小猿クンがいる。左手には黒ボン入りシャリシャリビニールを、右手には吸い掛けのハイライトを挟んでいる。小猿クンの直ぐ右横には、使用前の黒ボンがたんまり入った段ボール箱。やがて、その煙草の存在を忘れた小猿クンの右人差し指と中指の間から、ゆっく~りと700度の高温を保ったままのハイライトがポロリと落ちた。いや、優雅な宇宙の旅を満喫中の小猿クンは、シャトルの窓から銀河を泳ぐイルカ達に、右手に持った小魚を餌付けしていただけかもしれない。大いなる銀河の力で、俺の腕にも新しい何かが授けられたのかもと、右手の熱さに気付いて、小猿クンが視線をそちらに向けた時には、彼の着ていたジャックダニエルのプリントがされた黒のロングスリーブTシャツは既に七分袖になっていた。
『ブゥゴォウワァーッ』
この世の物とは思えぬ悲鳴と、近くにあった烏龍茶で右手にシャワーを浴びさせてる小猿クンの異様な姿に、そこにいた8人の乗組員達はポカーンとした脳の中で、何となーく部屋を見回した。火は段ボールから、ゴミや雑誌だらけの部屋を順番に彩っている最中だった。やんわりと事態を把握した脳はそれぞれの身体に「逃・げ・ろ」と信号を送ったが、朝から黒ボン漬けのゾンビの様にしか動かぬ身体には、六畳一間の玄関までが異常に遠かった。皆の頭の中では、ドリフのコントのエンディングテーマが回転数を間違えて超低速にかかっていたに違いない。
そんな中、一早く気付いた右手の爛れたお利口さんな小猿君が動いた。無重力だから大丈夫!と思ったのか、窓の開いた外の世界に趣に身を捧げた。「地球はやっぱり青かった」と言ったかどうかは定かでは無いが、受け身を取れずに腰から落ちた小猿クンの考えはやっぱり青かった。勇気有るキャプテン・マーモセットの後に続く乗組員達。調理前の餃子の皮の様に綺麗に重なり合っていく。その度に聞こえる小猿クンの息の詰まる叫び声。
『ブゥゴォウワァーッ』
『ウッ!ブゥゴォウワ』
叫び声が一人、また一人落ちて来る度に、低音に変わりながらフェイドアウトしていく。
ラリっていても、実は気の弱いエビがやっぱり最後に飛び降りた。
『ブッ!グュェ』
叫び声から、もはや蛙のゲップになっていた小猿クンを始めとする皆がクッションになり、彼だけ無傷だった。
小猿クン、未だに病院のベッドの上で俯せで休んでいる。右手の火傷はとっくに直っているのに。圧迫粉砕骨折ってのはなかなかタチが悪いらしい。
僕と、一つ下の後輩ヨシオが、第二春山荘に到着した時には、あっと言う間に燃え広がった203号室は部屋を半焼させただけで、三軒隣の、宇宙服によく似た格好をした"め組の人達"の手によって、あっと言う間に水浸しになっていた。
赤十字マークの動物保護団体の手当てを受けた、小猿クン以外の乗組員8名の身柄は、さくらマークの強面の宇宙捜査局に引き渡され、檻に入れられた。気の遠くなるような長いお説教と、着付け薬代わりの少しばかりの拷問を受け、色んな書類に真っ赤なケツではなく、真っ黒に染められた指を押さされた後、各々が腰を低く折った親猿達の元へ引き取られて行った。
近隣で唯一の肉親で現在の保護者である父親方の祖父、通称"エビジイ"(耳毛大爆発)に引き渡されたエビは、家に着くなり顔が五倍になる程、ゲンコツで撫でられていた。エビジイは我が孫がココまで荒んだ生活をしてる事を知らなかった。母親がエビの残留を許可したのも、このエビジイの存在が有ったからなのだが、気さくで人の良い田舎の爺ちゃんである。
『わっかいウチから、自立するとは見上げた根性やにゃ~!』
『モトヒロ~っ、やれるだけやってみぃ!』
『ホントに困った時だけジイちゃんに言うてこいよ!』
と、見事に放ったらかしといてくれた。孫を信じきっていたエビジイの怒りは半端じゃない。こんな事なら、最初に窓から飛び降りて、小猿クンとの立場を入れ替わっとけば良かったと一瞬思ったエビであったが、救急車に乗せられた時の小猿クンの憐れな姿を思い出し、その考えはあっさり改める事にした。あれこれ考えてる間に、顔の腫れが三倍位に落ち着いてきた彼に、エビジイが放った言葉は、そのマグマの様な顔を一気に凍り付かせた。
『おい、モトヒロ~っ、おんしゃ、今日からジイちゃんちに住めぇ~』
『明日っから、毎日道場で扱いちゃるき』
『ほんでにゃ、立派な骨接ぎに育てちゃお、にゃ!分かったかや!』
鼓膜の破れて無い方の右耳を掴んで、エビジイはそう言って笑った。
東京の母とも連絡して、話は解決済みである。
『マサコさんものぉ、オジイちゃんにお任せしますって、言うちょったぞ~。』
全快の耳毛をワッサワサ揺らしながら、エビジイはまた笑った。
後日、高校は全員退学になったが、家庭裁判所に書類送検された後、審判不開催と言う、かなりの大甘裁定に落ち着いたのも、エビジイの存在がモノを言った。御年68歳であるエビジイだが、毎日、自らが主宰する柔道の町道場で汗を流す兵である。柔道繋がりで、何かと各方面に顔が効くのも強みである。エビジイは、我が息子の蒸発により、荒んでしまった孫を立派に育て上げる事が、残された人生の使命だと思っただけであるが、やんちゃざかりのエビにとっては、そんな優しさなど、大きな迷惑も良いトコだった。
翌日、早速、母に電話したエビは三ヶ月前に家族がバラバラになった時とは、真逆のセリフを吐いた。
『おか~!!俺、東京行くき~。やっぱ皆と暮らしたい~っ!』
流石、柔道家の孫である。受け身の場所を心得ている。泣き付く我が子に母親とは甘いモノである。意気込むエビジイを説得して、結局、東京に迎え入れる事にした。
決断はしたものの、家庭裁判所からの処分が決まる迄の間だけ、エビジイの奴隷と化したエビは、夜な夜な、もうすぐ来る友との別れ、1ヶ月半前に浮気がバレて別れたチエへの未練に、そしてエビジイの容赦無い扱きに枕を濡らした。大都会東京の怖さと、大怪獣エビジイの恐さに、前者を選んだだけである。出来る事なら、行きたくない。ジイちゃんなんか死んじまえとも思った。そんな日々を何日か過ごし、とうとう別れの日はやって来た。
大きな涙をポロポロと零しながらフェリーに乗り込んだエビ。先週見た"母を訪ねて三千里"の再放送の感動的な船での別れのシーンに影響されて、わざわざ、それを演出するだけの為に、飛行機をやめ、フェリーで大阪に行き、それから新幹線で東京を目指すという回りくどいルートを選択したエビ。僕が貸したエロビデオを返さないまま、行ってしまったエビ。
汽笛が鳴って、ゆっくりと船体が岸壁から離れた。
『プオ~ンッ プオ~ンッ』
エビジイが叫ぶ!
『エビハラモトヒロ、バンザ~イ!バンザ~イ!バンザ~イ!』
アイツはお国の為の兵隊さんか?と、突っ込みを入れてやろうと思ったら、皆が既に後に続いていた。エビはデッキから、千切れんばかりに腕を振り、顔をクシャクシャにして泣いていた。見送る側も連られたのか、皆、涙涙の万歳三唱である。別れたチエの姿もあった。大きく手を振るタンクトップ姿の乙女の脇から、剃り残しの脇毛が一本だけピヨ~ンと伸びていた。
『プオ~ンッ プオ~ンッ』
汽笛がまた鳴った。僕も、もう少しで泣きそうだったが、ちょっと間抜けな汽笛の音と、チエの脇毛で、貸してたビデオが「黒木香」であった事を思い出し、一人、大爆笑していた。
また、連んでゆくとは思いもしなかった。
まして、ここ東京で。
あの電話がある迄は。]]>
不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の弐
http://vilue.exblog.jp/2291369/
2005-07-16T12:07:23+09:00
2005-10-22T01:53:15+09:00
2005-07-16T12:05:35+09:00
vilue-volume
小説:novels
=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の弐
アイツは『エビ』と呼ばれていた。本名を海老原基博と名乗る自他共に認める、僕の親愛なる悪友である。エビに合うのは十ヶ月振り、泣きながら僕の前を去って行ったあの日以来である。
彼は僕と違って、故郷である高知を捨て切れずに上京した。彼の家庭は、父親の市議会議院選挙落選と事業の不振と言うハンデを負い、巨額の借金を抱え急降下で崩壊して行った。父親はその後、蒸発し、母親と中学生の妹は彼を残し、母の実家がある東京に夜逃げした。いや、本来は彼も連れていかれる筈だった。しかし、彼は地方高校から都会の高校への編入は学力、新たな交友関係の構築共に自信が無いからと、もっともな理由を付けて東京行きを拒んだ。本当の理由は分かっている。人一倍、淋しがり屋で実はヘタレなエビ君、愉快な仲間達との至福の時間を捨て切れなかっただけだ。
何とか高校には通っていたが、ヤンキー漫画に出てきそうな紫の学ランがキュートな彼の高校。ちなみに僕の母校はハイソサエティー感あふれるドブネズミ色の学ランが売りであった。ハッキリ言って、片やヤクザ養成所、片や泥棒育成所くらいの違いである。彼はそんな坂本龍馬の意志を勘違いした"いっごそう"達と夜な夜なバイクを乗り回し、時にはナンシーと呼ばれる魔法の液体で盃を交わす事の方が家族と一緒に暮らすより大切だった。両親が蒸発に夜逃げ、生活費は大丈夫なのかと思ったが、忘れていた。彼は16歳にして無敵のパチプロである。心配性の彼、父親の仕事が傾き始めたと同時に、律儀に貯金を始めた。総て、ツアー迄組んで県内を廻って勝ち取ったパチンコでの戦利金のみで。金の心配はするなと母に言った彼は、一年前迄、同じセリフを吐いていた自らの父親とそっくりだった。父親方の祖父の家に預けられる案も有ったのだが、高校から遠すぎると、またもっともな理由を付けて、まんまと五月蝿い大人の居ない夢の楽園と言うには少し狭すぎる小さなキッチンの付いた六畳一間のアパートを借りた。
案の定、彼の部屋が絶好の溜り場となるのには、大した時間も掛からずに、時にはラブホテル、居酒屋、そしてNASAの無重力体験センターとなった。毎日、紫掛かった黄色い煙りが充満する、素晴らしく不衛生なその仮想宇宙空間では、友が友を呼び、いや、馬鹿が馬鹿を呼び、火星人が異文化交流する様に見た事も無い奴が勝手に出入りし、例の魔法の液体でヘベレケになっていたりする。
ナンシー。
ただ単にシンナーを逆さま読みしただけの、アンパンと言う名はもう格好悪いと名付けられた、実にシンプルで田舎のアホガキが考えそうなネーミングである。しかし、金の無い田舎の不良にとって、"純トロ"なんて高級ブランド品は滅多にお目にかかれる代物では無い。そこで見つけだしたのが、彼等の定番になる、ダイバー御用達ウェットスーツの穴が空いた時に塞ぐ特殊な接着剤だ。通称"黒ボン"。これまた黒いボンドを縮めただけのチープな名前で有るが、これが実に曲者なのである。微妙に甘〜く、適度に塩っぱく、緩やかにお花畑に誘ってくれる。しかし、育ち盛りの身体だけが取り柄のお子様達には全く以て、害である。ナメクジに塩を振る様に、身体中の色んな物が溶けていく程、害である。
三つ上の先輩にモンキーさんと言う方がいた。何でモンキーさんか?別に姿形が猿に似てる訳でも無いし、ヤリ出したら止まらない自慰中毒者でも無い。ベタにケツが真っ赤な訳でも無い。いや、一度だけ喧嘩で右のケツを刺されて真っ赤になった事もあったが、とっくに傷は癒えている。スパナである。その古傷を守るかの様にそれ以来、右後ろのポケットには、いつもモンキースパナが装備されている。それで色んな物を外し、壊し、そして殴る。一度、火が着くと獣の様な奇声を発しながら殴り続けるのも有名な話だ。
『キーッ、キーッ!』『キーッ、キーッ!』
奇声だけなら、ショッカーさんでも良いのだが、諸々含めて、モンキーさんなのである。で、そんな無類の強さを誇っていたモンキーさん。今じゃ、国が指定するんじゃ無いかと思う程の重度の黒ボン病患者に変わってしまった。数年前迄は、目を合わせて話す事さえ恐れ多かったお方であるが、今は本当に目を合わせて話す事すら出来なくなってしまった。もはや、三歳児のパンチでも倒れそうな程、蝕まれている。無論、自慢のモンキースパナでも脳のボルトは締められない位に。
それ位、害なのだ。彼等も立派に"狂い咲きモンキーロード"を走っている。モンキーさん程の大物では無い小悪党の彼等は、差し詰め、ピグミーマーモセット君と言ったらお似合いか。そんな、猿の惑星に、これ以上黒ボン病患者を増やしてはいかんと思った"シーザー様"の差し金か、終止符は突然やって来るのだった。]]>
不定期連載小説『ライトスレートグレー』其の壱
http://vilue.exblog.jp/2290422/
2005-07-16T07:28:54+09:00
2005-10-22T01:53:38+09:00
2005-07-16T07:27:05+09:00
vilue-volume
小説:novels
=いごっそう上京グラフィティ=
『ライトスレートグレー』
其の壱
1991年 東京
空は病んでいた。
太陽の微笑みは、オゾンを蝕む新しい人類犯罪を被られ、酸性雨と呼ばれる大粒の涙を零していた。それは、社会生活と言う脱脂綿を通しあらゆる形に進化を遂げながら、人々の心の中にB級フランス映画のスパイの如く秘かに染み込んでいた。似合わないLay-Vanとロゴの入ったバッタ物のサングラス越しに見たこの空を、長い歴史の中、危険なウイルス達の侵入を防いで来たオブラートも、今となっては幾多の覗き穴を開け、その行方を克明に映し出していた。
まだ、誰も気付いてはいない。道行く人の誰もが空の事など考える余裕すら無いようだ。安っぽいビニール傘に身を隠した小洒落た学生達は、金属的な笑い声を上げながらも来週から始まるテストに追われ、ヴィトンの新作トートバッグを雨避けにしたOLは、ストッキングに飛び跳ねる土色掛かった雨粒を気にしながら、湾岸沿いに新しくオープンした舌を噛みそうな名前のクラブと呼ばれる様になったディスコに向かい、今にも首を吊りそうな疲れた目をした中年サラリーマンは、妻の浮気、息子の非行、会社でのセクハラ疑惑という三重苦に悩まされながらも、定員オーバーの各駅ジェットコースターに足を急がせている。この街では誰もが、目先のオモチャと毒針を両手に綱渡りしながら生きている。一時の愛を誓ったカップルでさえ、段々と薄れ行く雲の隙間から見える星空を見上げているにも拘わらず、それを愛の小道具として用いるだけで、この街を包んだ危険な空気に気付いていない。
この街の一員として生き延びて行くには、無関心と言うルールに従わなければならない様だ。ルールブックは集団生活の中で売却され、それを得る為には、この街の流れに同化しなければいけない。そして、それをマスターした者だけが都会人と言うライセンスを獲得できる。これが、僕の視線の行く先に見える新都庁なる兄弟を迎えた超高層ビル群からの答えであった。ブラウン管でしか見た事の無い、機械仕掛けの蛍達が彩る景色を噛み締めながら、始めて足を踏み入れた東京と言う名の寺小屋に、僕は軽く敬礼を交わし、童貞を捧げた時の様な緊張感を胸に、そして、この街のざわめきに、敢て哲学的に、文学的に、少しばかりの背伸びをしながら、新宿駅前の空を眺めていた。
腕時計の針は、もう軽く2コース目に入ろうとしていた。僕の記憶力がたった一時間強の、それも小さな海を越えただけの狭い国内のフライトで時差ボケを起していなければ、約束の時間は18時丁度だった筈だ。羽田から浜松町までの、故郷ののディーゼル機関車とは比べ物にならない未来列車の如きモノレールも上手に乗りこなせたし、頼みもしない"おしくらまんじゅう"をされた山手線の中からもなんとか脱出できた。永久迷路に迷いこんだ蟻の群れの如く同じ顔の行き来する新宿駅も、灰皿の様なプラットホームを踏み付け、ラッシュアワーと言う首吊り台から奇跡的に無罪を言い渡された死刑囚達のネクタイを直す姿を後目に、下界への階段を足早に駆け抜け、四方八方から小刻みに吐き出される無数の溜息に息苦しさを覚えながらも、システム化された無人の検問所までノンストップで辿り着く事ができた。核戦争後の巨大シェルターにも見える地下通路を外界からの侵略者とは気付かれぬ様に、地底人達の足取りにタイミングまで合わせ、大きなビジョンを抱えた要塞への侵入し成功し、地上の放射能に身を焦がされたかのバカンス明けの日焼けギャル達の黄色い笑い声とスレ違いながら、アルタと言う名の由緒ある待ち合わせ場所に着いた。誰にも訪ねず、一つの間違いも無くここまで辿り着いたのに、アイツはまだ来ていない。
『しょうがないなっ・・・』
僕は、周りに聞かれても恥ずかしく無い様に、慣れない標準語を蚊さえも聞こえぬ小さな声で呟きながら、車道と歩道との間にある、死への境界線を示したかの様に立つポールに吊るされた図太いチェーンに腰を降ろし、頭上右に見える巨大電光掲示デジタル時計と、僕のフランクミューラー擬き1,980円のアナログ腕時計に目を往復させ、ハッキリと時間を確かめた上で、アイツの姿を疲れた視界の中から捜していた。
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